妄想父さん一代日記「世界の終わり、あるいは始まり/歌野晶午」
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主人公の会社員・富樫修はそこそこに出世し、そこそこに家庭を営む平凡な人間。そんな彼の周辺で連続誘拐殺人事件が続発する。被害者は全員が小学生で、みな金銭の受け渡し「前」には銃で撃ち殺されていたという残虐な手口。
冨樫修はそんな事件をどこか他人事の気持ちで見つめていた。
誘拐事件は、ごく近所で発生したとはいえ、しょせん他人の不幸でしかない。
そんな彼がある日、鳴りっぱなしの目覚まし時計を止めるために息子の部屋に行くと、被害者の親の名刺が落ちていた。なぜ? 息子がこんなものを?
息子の疑惑を晴らそうと、彼は隙を見て息子の様子を調査する。そんな彼をあざ笑うかのように、次々と物証が浮かび上がる。親には内緒で塾を辞めて金を横領。彼の自転車のタイヤから現場付近の土がとれる。そして。。。二重底の引き出しからは拳銃が。
息子にどう接するべきなのか。悩む彼の携帯電話が鳴る。「警察の人から電話があったの。お宅の息子さんのことで話があるって」
私が見ていた平和は虚像にすぎなかった。
妻の目に映る平和も虚像にすぎない。
感想
!!!注意!!!
以下、激しくネタバレしています。未読のかたはご注意を!
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↓2
↓1
では。スタート。この作品はかなり特殊な仕掛けをしている。それが最後のオチではなく、全体的な演出として使われているので、触れずに感想は書けない。書いても意味がない。
これはIFを描いた作品である。もしも息子が重大な事件を起こした場合、その父親としてどういう態度を示すべきか。話自体は7月20日前後で展開が止まり、あとは主人公の父親の脳内シミュレーションで話が展開する。
・息子が逮捕された場合
・一家心中をした場合
・息子を問いつめた場合
・息子を殺し、犯行を他人に偽装した場合
このような形で妄想父さんの妄想が延々と繰り広げられる。いろいろな話が読める点では悪くないし、どれもけっこう面白いのだが、やはり『妄想』はいただけない。妄想オチは夢オチと同等の反則技である。
実は妄想でしたー☆ と言われても萎えなのだ。それに最初こそは「うおっ!」と驚いたものだがさすがに何度も同じ手法を使われると「ハイハイ妄想妄想」とスルーである。
どうせなら時間ループものにして、何度も何度もよりよい未来へと突き進む展開のほうが真剣味がでて良かったんじゃないかな。
実験小説的な成分が多分な本作。もう少し別の見せ方があったんじゃないかなーと思ってしまう。

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